接客をしていると、感覚としていつも思い出すことがある。
たぶん、からだが覚えている。

働きはじめて、いちばんはじめの後輩が(まだ慣れていない)接客をするたびに
いつも「こんなだった、あんなだった、あー言えばよかった」と報告して、
その報告のたびに「次はこうしてみたら?あのタイミングでさ、声かけたらどうなるかな?」とか。
いっこずつ、振りかえって、切り替えを考えて。
ただ、接客だけに向き合う期間があった(後輩を育てるという期間なのだけど)
育ててるはずが、育てられているなんてことは、よくある話。
だけど、まったくその通りで、育てられてた。
後輩もちゃんと海外に教えに行くほどのスペシャリストになった。

今日、来てくれたYくんが、
「表裏ない人間だから、接客もそのままなんだ。」といった。
表裏ないから、いろんな人の気持ちに添える接客ができるのかもなと思った。

「だけど販売員育ってないんだ。育てたいから百貨店立ちたいんだよね」と言った。
わかる、と思ったし、そういうことか!と気づいた。

売れるから良い接客とは限らなくて、
相手の気持ちになって考えたり、想像したり。販売員の気持ちのやり場とか。
いろんなことが積み重なって、気持ち良い接客が成り立つのだと思った。

その経験を積めるのが、百貨店なのかもしれないと思った。
店頭に立っている間は、自問自答の繰り返し。「こう言えばよかったのかな?」
「どうしたら立ち止まってもらえるのかな?」

納得のいかない繰り返し、工夫の繰り返しが
やがて、周りの空気を掴め、そこに同化する販売員になるのかもと思った。

販売って、とても奥深いものだったのだと思い出させてくれた、東京出張でした。